犯罪の増加と刑事司法の変質
−平成13年版犯罪白書を読む−
前田 雅英


1 はじめに
 今年の白書の特色は,「はしがき」に実に簡明に示されている。「これまで治安の良好な地域に属していたが,近年に至り,犯罪の認知件数が激増し,治安の悪化が憂慮される事態になってきた」ということを,数値を基礎に明らかにした書なのである。具体的には,@犯罪総数の増加が継続し最近はさらに増加傾向が加速していること,A少年非行が高水準を維持していること,B外国人犯罪がなお重大な存在であること,C検挙率が低下したこと,D矯正施設が過剰収容時代となったことを,法務省が行った調査研究の成果をも加えて明示した。
 そして,@の原因としては,窃盗罪と交通犯罪が重要だとしつつ,暴力的色彩の強い強盗,傷害,強制わいせつ,器物損壊の増加が顕著だとも指摘している。さらに@Bと関連して,薬物犯罪は大型化・組織化が進んでいることも示されている。

2 「世紀」の転換点
 まさに,2000年という区切りの年の犯罪白書は,日本の犯罪状況が大きくカーブを切ったことを明らかにした。その意味で「世紀の転換」を象徴するまさに画期的なものとなったのである。これまでの,刑事政策の土台にあった「常識」が崩れたといっても過言ではない。もとより,このような変化が一夜にして生じたわけではない。前世紀の最後の時期に「今世紀末の犯罪状況と刑事政策の転換」と題して拙文を書かせていただいた(刑政111巻12号50頁以下)。「ついこの間まで『日本は治安の良い国』と考えてきた。しかし,今世紀末,すなわち90年代の犯罪状況はそれを否定するものとなりつつある。たしかに,80年代までは,つまり昭和の時代は,西欧先進諸国の中で,驚異的な犯罪率(人口10万人あたりの検挙件数)と検挙率であったといってよい。……ただ実は,刑法犯は20年以上前から増え始めていた。しかし,それは窃盗罪などの比較的軽い犯罪が中心であり,その増加が犯罪白書などでも指摘されてきてはいたが,国民に危機感を感じさせるものではなかった。重大な犯罪は,なお減り続けていたからである。……しかし,最近の有罪人員率の数値は上昇に転じた。凶悪犯の犯罪率も平成から上昇を始めたのである。明らかに『犯罪のトレンド』は減少から増加に転換した」。本白書は,詳細かつ実証的にその流れを明らかにするとともに,その事実を国民一般に強く認識させる契機となると思われる。戦後の刑事政策の基本である「治安の良い日本をいかに維持するか」という考え方は転換を余儀なくされよう。

3 犯罪動向全体の概観
 本論の冒頭に,日本の刑法犯の主要データが掲げられている。ポイントは,認知件数と発生率の増加と検挙率の低下にある。認知件数が35万件も増加しているのに,検挙件数は8万件も減少した。本書は,最終章のまとめで,「刑法犯の認知件数は,昭和49年の167万1,965件以降ほぼ一貫して増加を続け,平成8年以降は5年連続して過去最高を更新し,12年には325万6,109件に達している。……検挙率はほぼ一貫して低下を続け,平成12年は,42.7%へ低下した」と再度強調している。
 なお,ここで注意しておかねばならないのは,42.7%という検挙率である。これは,交通業過を含む数値だという点である。交通業過は認知件数と検挙件数は等しい,つまり検挙率100%の世界であり,通常,「刑法犯検挙率」というときは,交通業過は除いて考える。今年の数値に関し交通業過を除くと,増加は28万件だが,検挙件数は実に15万5千件も減少した。その結果,検挙率は23.6%になってしまったのである。昭和の時代,我が国の検挙率は60%とされていた。もちろん,軽微な窃盗も含めた数値ではあるが,ここ十数年で三分の一に下落した事実は重い。さらに重要なのは,80%前後であった強盗罪の検挙率が平成12年には56.9%にまで落ちた。決して軽微な窃盗の検挙率低下の問題だけではない。そして,さらに深刻なのは平成13年に入って,その傾向はさらに進行しているという点である。1月から4月までの数値であるが,強盗の検挙率は49.8%になってしまった。強盗が二件に一件も捕まらないのである。同時期の数値としては,刑法犯全体の検挙率は18.3%である。まさに危機的といえよう。

4 窃盗犯の増加の意味
 本書第4編に本白書の「特集」である「増加する犯罪と犯罪者」が詳論されている。具体的には窃盗と交通事犯を中心として犯罪の増加の原因を分析している。ただ,本書も指摘するとおりここ四半世紀の犯罪増加にとって決定的なのは窃盗罪である。昭和49年には167万1,965件だった認知件数が,平成12年には325万6,109件に達した。窃盗の犯罪率(発生率)は昭和21年に1,580を記録し,その後著しく減少して900台にまで下降した。ところが,昭和50年から上昇をはじめ,平成11年に1,508にまで達していた。そして,ついに今年は1,680となって戦後最高となったのである。
 この窃盗犯の増加が,ここ25年の刑法犯犯罪率増加の主因であることは疑いない。そして同時に,少年犯罪が犯罪数の増加を加速したことを認識しておく必要がある。25年前に10.4%だった少年人口(14〜19)が,現在は7%に減少したにもかかわらず,窃盗犯検挙人員中の少年の割合は43%から48%に増加したからである。少年窃盗犯と成人窃盗犯の認知件数中に占める割合が,検挙された場合とされなかった場合でさほど大きく変動しないと仮定すると,74年の窃盗認知の内の72万件前後(43%)を少年が犯し,2000年の認知件数のうち156万件前後(48%)を少年が犯したと推定をすることが一応できる。そうすると,少年の窃盗事犯が2.2倍になったと想定しうるのに比し,成人の窃盗は,95万から169万へと1.8倍に増加したに過ぎない。しかしより,重要なのは人口の変化を加味した数値であり,74年には少年は成人の4.5倍の割合で窃盗を犯していたのが,2000年には10.5倍になってしまったのである。
 最近の窃盗の増加にとって重要なのは,ひったくり,自動販売機荒らし,車上ねらいの増加率が著しいという点であり,ピッキング用具を用いた事務所荒らし,空き巣ねらい,金庫破り等の増加も目立つことである。特に,ここ数年,侵入盗では,ピッキング用具の使用事実が激増し,平成12年では,11万7,725件の空き巣ねらいのうち2万1,532件(18.3%),5万4,483件の事務所荒らしのうち3,981件(7.3%)についてピッキング器具の使用事実があったと報告されている。ここには,外国人犯罪の影響を読みとることもできよう。
 戦後後半期(昭和50年以降)の犯罪増加の主役は,窃盗の中でも自転車盗,万引き等であった。それらは,少年犯罪が多く含まれるものであったといえよう。しかし最近は,職業的犯罪者の率が増加しているように思われる(50歳代以上の中高年齢層の増加,窃盗再犯率の高さにも顕れている)。また,ひったくりと金庫破りの共犯率が増加しており,自動販売機荒らしや空き巣ねらい,事務所荒らしにおける5人以上共犯の件数・比率が急増していることも指摘されている。少年犯罪に加えて,成人犯罪の増加への対策にも目配せが必要となってきた。

5 凶悪・粗暴犯の急増
 ただ,平成12年の短期的な変化という意味では,窃盗より粗暴犯の増加が目立つ。認知・検挙ともに急増した。器物損壊罪や住居侵入罪も増えている。また強盗,強姦,強制わいせつの認知の増加も見逃せない。
 これらの現象が,犯罪の増加・凶悪化傾向をそのまま投影したものであることは疑いないが,さらに,刑事司法のスタンスの変化を示すものであるように思われる。ストーカー防止法,児童虐待防止法等の新設や,DV法立法化への動きの中で,刑事司法が積極的に市民生活に入るようになったことの影響が否定できないと考えられるのである。まず,児童虐待関連の刑法犯が,一年で倍増している。これは,単に発生件数が増えたというだけでなく,被害者側の通報とその受理の体制などに変化が生じてきていることをうかがわせる。ストーカー規制法の施行も,同法自体の適用件数は少ないが,同法への警察の取組みは,暴行,脅迫,住居侵入等の「暗数」の非常に大きかった犯罪の扱いに大きな影響を与えたと推定される。  なお,凶悪犯罪の増加という点で,保険金殺人の件数が増えている事実も見逃せない。

6 特別法犯と交通犯罪

 刑法犯以外では,覚せい剤取締法違反が10%以上増加した点が最も注目される。シンナー関連の毒劇物法違反は10%以上減少しているが,薬物事犯が現在でも重要な課題であることには変わりはない。昭和29年,59年のピークに続く薬物乱用期にあるといっても誤りではないであろう。大量の覚せい剤が押収されており,麻薬特例法が適用される営業犯による薬物事件も,36件に達したと報告されている。また,覚せい剤事犯では,送致人員に占める再犯者率が高く,平成12年における新受刑者の入所度数別構成比を見ても,覚せい剤事犯受刑者に占める入所度数2度以上の者の比率が6割を超え,後述の「過剰収容問題」にもおおきな影響を与えている。また,薬物使用者の若年化が懸念される。
 一方,銃器犯罪は,一時期国家的な課題とされて法改正を含めて積極的に取り組まれてきたが,全体としてみると犯罪傾向の深刻化は見られず,沈静化していると評価できよう。もちろん,まだまだ余談は許さないが,刑事規制が一定程度功を奏したと評価できよう。
 交通犯罪も,第4編の特集で最重要の課題として扱われているが,数値的にはさほど深刻とは思われない。平成12年の交通事故死亡者は増加せず,9,066人であった。たしかに,発生件数及び負傷者数は増加し,交通関係業過の公判請求人人員,略式命令人員も微増している。また,交通事犯の受刑者は,9年の1,899人を底に,10年からは増加しており,12年は2,438人となってはいる。その意味で,交通事故防止のための総合的な施策はなお一層積極的に取り組まれなければならないが,しかし,交通事犯(特に致死事犯)の重罰化を緊急に要請する統計数値は見あたらない。

7 犯罪者の特色とその処遇
 精神障害者の犯罪についてみると,精神障害者などが犯す割合は,警察統計によれば,窃盗罪の場合1%にすぎないが,殺人罪の場合は9.3%,放火罪の場合は15.6%を占めている。これはかなり高い率といえよう。
 法務省は最近5年間に殺人罪を犯し心神喪失・心神耗弱で不起訴・無罪(喪失)・刑の減軽(心弱)となった者について詳細な分析を加え,入院歴がある者が48.7%(その内15.8%が措置入院歴),実刑等により身柄を拘束された者が12.7%,不起訴・無罪となった後に措置入院になった者が71.4%を占めていることが明らかになった。今後の法整備を図る上で,重要な基礎資料となろう。
 なお,その他の数値としては,最近少年院収容者の中で「精神病質」と分類される者が増えていることが目立つ。
 また,平成に入って20%台であった再犯者率が最近上昇している。特に成人のそれが増加している。また少年の場合,凶悪犯や粗暴犯で検挙された者は,その前段階で要保護性が認められていることがうかがわれるとされている。
 検察段階では,平成に入ってから交通業過の起訴率を落としてきたが,近時は10%代前半で安定している。それ以外の刑法犯の起訴率も50%台後半で安定しているといってよい。
 裁判段階では,去年に比べて有罪人員の急増が見られる。特に強盗,傷害の有罪人員の増加は著しい。これは,犯罪状況の悪化をそのまま投影したものといえよう。刑法犯全体としてみると,95年以降一貫して増加しており,犯罪検挙数の推移からして,今後もこのような増加が予測される。手当が必要である。
 平成12年に死刑を言渡されたのは14人で,昭和44年(15人)以来の多さである。一方無罪はまた減少し,通常手続きにおいては42人で終局人員の0.05%になってしまった。
 平成12年末における行刑施設の収容定点は6万4,194人(うち,既決拘禁者の収容人員は4万8,393人),収容人員は6万1,242人(うち,既決拘禁者の収容人員は5万126人)であり,収容率(収容定員に対する収容人員の比率)は全体では95.4%(前年より7.9ポイント上昇),既決拘禁者では103.6%(同9.1ポイント上昇)に達した。その結果,行刑施役の約3割が定員を超える収容となったと報告されている。
 新受刑者の特色としては,60歳以上の者が7.7%を占めるようになったという点が重要であろう。なお男子新受刑者の52.5%が再受刑者である。

8 少年犯罪と外国人犯罪
 第3編は,少年非行の動向と非行少年の処遇の分析にあてられている。少年検挙人員は,19万3,260人で,前年に比し4.2%減である。ただ,検挙率の大幅な落ち込みがあるので,少年犯罪が沈静化したと見るのは誤りであろう。犯罪率の上昇は著しく,全検挙人員の46.3%が少年なのである。ただ,犯罪類型ごとに少年が犯す割合は異なる。そこで各犯罪の認知件数をそれぞれの検挙人員の成人と少年との比で配分し,それを合算する形で「少年犯罪推定件数」を算出してみると,113万6,000件で14歳から19歳の人口10万人あたり1万2,000件を超す少年犯罪が発生したことになる。あくまでもおおよその推定に過ぎないが,少年犯罪が危機的水準にあることだけは間違いない。
 特に強盗の増加は問題で14歳から19歳の人口10万人あたり18人を超す者が強盗で検挙されており,昭和20年代の混乱期に近い水準に達している。このところ,少年院収容者の割合が増加しているが,事件数,犯罪の凶悪化からすると,自然の流れであろう。平成13年4月からは改正少年法が施行された。その運用状況を注意深く見守る必要があろう。
 外国人による交通業過を除く刑法犯は,ここ10年,検挙件数,検挙人員ともにほぼ一貫して増加し,検挙件数が3万2,298件,検挙人員が1万963人となった。ただ注意しなければならないのは,特に来日外国人の増加数が著しい点で,平成12年の検挙件数・検挙人員は,昭和55年の検挙件数の約26倍,同年の検挙人員の約8倍となった。その結果,F級新受刑者数は,ここ10年間で急増しており,平成12年では1,082人と初めて1,000人の大台を超え,さらに今後も増加するものと思われる。

 本書は最後に「最近,社会の人々を震撼させるような凶悪事犯や,不可解な動機に基づく重大犯罪等が,連日のように,マスコミによって報道され,多くの国民が治安の悪化を憂慮する事態となっている。本白書においては,主として数量的な面から,この憂慮に根拠があるかどうかについて検証したが,その結果は,遺憾ながら,これら国民の憂慮を一部裏付けるものとなっている」と結んでいる。
 防犯グッズの売れ行きや警備会社の隆盛を見ていると,「安全は無料(ただ)ではない」という認識がかなり実感を以て国民の間に定着しつつある。しかし,検挙率の急速な低下や矯正施設における過剰収容,そしてそれを惹起する犯罪の増加とそれを抑止し得ない社会の弱体化は,その様な認識を超えて「安全の確保のためには国民が積極的に一定の『犠牲』を払う必要があるのではないか」という問いを国民に突き付けているようにも思われる。半世紀続いた戦後日本社会は,まさに大きく方向を転換しようとしている。それは,決して犯罪という狭い領域の問題に限定されないであろう。政治・イデオロギーも含め,法状況も大きく変わろうとしている。少なくとも,広い意味の刑事政策の一環でしかあり得ない刑法・刑事訴訟法の理論の世界も,根本的な転換を迫られているのである。

(東京都立大学法学部教授)

−戻る−
Copyright(C) 2005 Japan Criminal Policy Society.