日本刑事政策研究会
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受賞者発表
刑事政策に関する懸賞論文募集の結果について
 一般財団法人日本刑事政策研究会と読売新聞社は,住み良い社会を作り上げるために刑事政策思想の普及が特に重要であるとの観点から,刑事政策に関する懸賞論文を募集しています。
 令和3年度の論文題目は「新型コロナウィルス感染症をはじめとする感染症蔓延の影響下における刑事政策上の諸問題とその解決策について」であり,論文の募集は令和3年5月に開始され,同年8月31日をもって締め切られました。
 応募いただいた論文については,各審査委員による厳正な個別審査を経て,令和3年12月3日に開催された審査委員会で,受賞者が選定されました。その結果は,次のとおりです。
佳作(4名) 児玉 凜香(大阪経済大学経営学部3年)
論文題目 「児童虐待の予防や早期発見のためのSNS アプリを利用した保護者のメンタルヘルスケア 」
吉野 未波(三重大学人文学部法律経済学科3年)
論文題目 「「陰のパンデミック」におけるSOS 発信のための提言」
飯田 愛唯樺(新潟医療福祉大学社会福祉学部社会福祉学科3年)
論文題目 「治療的矯正関係を妨げない感染予防策の在り方」
三浦 雅郁(関西医科大学医学部医学科5年)
論文題目 「インフォデミックの刑事政策的分析と阻止のための提言」
 本年度の受賞者に対する表彰式は,新型コロナウイルス感染症拡大の状況を考慮し,残念ながら開催を見送りました。
 なお,佳作には,当研究会から賞状及び賞金5万円が授与されました。
 以下に,佳作を受賞した論文(要旨)を掲載いたします。
令和3年度受賞作品
佳作児童虐待の予防や早期発見のためのSNS アプリを利用した保護者のメンタルヘルスケア(児玉 凜香)」
佳作「陰のパンデミック」におけるSOS 発信のための提言(吉野 未波)」
佳作治療的矯正関係を妨げない感染予防策の在り方(飯田 愛唯樺)」
佳作インフォデミックの刑事政策的分析と阻止のための提言(三浦 雅郁)」
佳作
児童虐待の予防や早期発見のためのSNS アプリを利用した保護者のメンタルヘルスケア
児玉 凜香
要旨
 新型コロナウイルス感染症の流行(コロナ禍)により,家で過ごす時間が増加し,他者と会う機会が減少したことから,児童虐待の潜在化をもたらす可能性がある。生活様式の変化は,精神的に不健康な状態をもたらし,児童虐待を発生させるリスクもある。保護者のメンタルヘルスの悪化から児童虐待が起きたケースが報告されているほか,感染予防を理由に児童福祉司の訪問を拒む家庭も増えたため,児童虐待の予防や早期発見には新たなアプローチが必要である。この点,他者と対面することが難しいコロナ禍では,SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を活用した取組が有効であろう。
 SNS を活用したアプローチは,既に東京都によって,子供(18歳未満)とその保護者を対象として実施されており,その中には,相談から児童相談所に対応を引き継いだ例もあり,児童虐待の早期発見に繋がっている。母親・父親からの相談の約7割を育成相談が占めていることからしても,保護者が悩みを打ち明けやすい場が必要であると思われる。
 そこで,保護者のためのSNS アプリを新たに作成することを提案する。その主な機能は三つあり,一つ目は,同じ世代の子供を持つ保護者同士で悩みを共有したり,アドバイスを受けたりすることにより,孤独感を減少させることにある。二つ目は,心理カウンセラー等の資格を持っている専門家が,メンタルヘルスや児童虐待等に関する相談を受け付け,必要であれば児童相談所に引き継ぐようにするものである。三つ目は,家の中で子供と楽しく行える運動や体操などのイベントを開催することにより,他者と関わり,気分転換を図れる場を提供することにある。

(大阪経済大学経営学部3年)

佳作
「陰のパンデミック」におけるSOS 発信のための提言
吉野 未波
要旨
 新型コロナウイルスが世界的に猛威を振るい,ロックダウンをはじめとする外出自粛等によって家庭内の暴力が増加している。特に,女性に対する暴力は,「陰のパンデミック」と言われ,重点的な対応が求められる。過去の教訓からしても,自然災害や感染症などの非常事態が起きるとDV(ドメスティック・バイオレンス)が増加する傾向にあり,コロナ禍におけるDV から逃れるためのSOS 発信方法を模索し,今後も必ず発生するであろう非常事態における対応に活かすべきである。そこで,DV の被害者として多くを占める女性の被害者に焦点を当て,既に海外で行われているSOS 発信のための先進的な取組を参考にしたい。
 現在の日本では,DV 被害者のSOS 発信方法としては,電話やメールでの相談・通報が主流であるが,外出自粛等の中では,加害者である配偶者や恋人の目があるので,相談・通報を行うことが難しいことが予想される。そこで,加害者が近くにいるなどして声を出せない状況であっても助けを求められるジェスチャーや暗号メッセージを用いた方法を取り入れることが考えられる。例えば,スペインで考察された「薬局で店員に暗号メッセージを伝えて助けを求める。」という方法を応用し,対象とする店舗を薬局以外にも拡大するほか,ネットショッピングでも同様の暗号メッセージを伝えることができるようにすべきである。アメリカでは,DV 被害者の女性が宅配ピザの注文を装い,警察に通報した事例があり,日本でもそのような通報に備えた体制を作る必要がある。これらのジェスチャーや暗号メッセージを用いたSOS 発信を普及させるには,化粧品や婦人服を扱う女性を主な対象とするサイトに掲示する方法が考えられる。これらの取組を行うことにより,DV 被害者への支援の輪が拡大するとともに,社会の関心が高まることが期待できる。

(三重大学人文学部法律経済学科3年)

佳作
治療的矯正関係を妨げない感染予防策の在り方
飯田 愛唯樺
要旨
 新型コロナウイルス感染症が拡大したことにより,我々の今までの生活様式は一変した。とりわけ刑務所等の被収容者については,クラスター発生の懸念から,徹底した感染予防策がとられた結果,権威的な力による制限・制約によって厳しい生活状況となり,精神的負担が増加したものと思われる。しかし,被収容者の生活への影響を軽視すれば,そのメンタルヘルスに支障を来すおそれが高くなり,更生につながらない可能性がある。感染者が増加傾向にある中では,社会全体が感染予防策に注力するようになっていくが,被収容者の生活への影響にも目を向け,そのメンタルヘルスの維持も考慮して,治療的矯正の観点を持ち続けることが望ましい。
 日本では,刑務所等の被収容者数が減少傾向にあるものの,再犯率の高さが依然として問題である。そのため,被収容者が社会復帰する前に行う精神的ケアや自立支援に力を入れなければならないが,新型コロナウイルス感染症の感染拡大下では困難がある。例えば,刑務作業には改善更生や円滑な社会復帰を図る意義があるにもかかわらず,感染予防のために中止された事例があった。これにより,従来に増して閉塞的空間が作られたことで,感覚遮断による精神異常と意欲低が引き起こされ,さらには被収容者の権利擁護を欠く可能性があると思われる。
 そこで,刑務作業については,感染予防策を徹底した上で,時間別や小グループに分けて行うなどの工夫をするべきである。そのほか,メンタルヘルスの専門家による支援を導入し,集合して行う刑務作業が困難である場合には,それぞれ個室内にいる被収容者に対し,放送機器を用いてマインドフルネス瞑想を実施し,心理学的知見を活かして,自己統制力と自己認識力の向上を図ることなどが考えられる。

(新潟医療福祉大学社会福祉学部社会福祉学科3年)

佳作
インフォデミックの刑事政策的分析と阻止のための提言
三浦 雅郁
要旨
 インフォデミックとは,インターネット上に科学的根拠に基づかない情報が氾濫し,実社会に影響を与える現象のことであり,COVID−19のパンデミック下において問題になった。発生の背景として,全世界で生成・消費されるデジタルデータの総量が,この10年で約60倍に増大しており,個人による情報精査が困難になっていることが挙げられる。インフォデミックは,高度に発達した情報社会において,デマと似たような発生機序で必然的に現れるものであるが,言動の内容や態様等によっては刑事犯罪にもなり得る。誰もが深い自覚なしにインフォデミックにつながる言動を流す可能性があるので,その阻止のための方策を考える必要がある。
 インフォデミックにつながり得る代表的な言動として「コロナワクチンは有害である。」という意見につき,その発信者の意見を分析調査したところ,@一時的な話題に便乗して有名になりたいなどの理由による群,A科学的に考え,同時に権威に従う群,B政府やマスコミなどの発表をもとにするものの,周囲の実体験や自らの感覚を最優先する群,C科学情報を断片的に取り入れ,政府やマスコミなどの情報に懐疑的に向き合う群,D反権威的かつ感覚的な対応を行い,陰謀論と呼ばれるものを信じやすい群の5つに分類された。このうち,A科学的に考え,同時に権威に従う群に対しては,正しい科学技術教育によって,インフォデミックにつながる言動を阻止しやすいと考えられる。そのモデルとして,医療従事者が科学的エビデンスに基づいた説明や成功者による体験談の紹介などを行う禁煙教室がある。そのほか,警察・行政・大学の連携による委員会を設置し,インターネット上にインフォデミックにつながる言動を流していると考えられる者を見付けて警告し,市民向けの講座を受講するように仕向けることが有効と考えられる。

(関西医科大学医学部医学科5年)