日本刑事政策研究会
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性犯罪の現状と対策
大塲 玲子


1 はじめに

 長い間,報道等で性犯罪を「いたずら」と呼ぶのに違和感を感じてきた。取り分け,被害者が子どもであった場合には,「性的暴力」でも「わいせつ行為」でもなく,ましてや「強姦」という言葉は避けられてきたようだ。
 多くの人に発信される言葉の選択は慎重であるべきだ,ということは理解できる。たぶん,被害に遭った人への配慮,ということもあるのだろう。だが,一般的な言い回しに置き換えられた言葉は,より軽微な行為―例えば,恐怖で硬直した被害者を押し倒すのではなく,出来心で軽く被害者の体に触れてしまったというような―を想起させ,性犯罪の重大性を矮小化してしまうのもまた事実であると思う。
 端的に「強姦」といった場合ですら,聞く人によって思い浮かべることは異なるのである。最近は,ようやく,少しずつ「強姦神話」ということも知られてきて,例えば,「女性には強姦願望がある」「強姦は女性が男性を挑発したせいで起こる」などと考えることの誤りに気づく人も増えてきた。
 しかし,社会には,性犯罪について,まだ多くの思い込みや偏見があるように思う。メディアというフィルターを通して描かれる性犯罪は,たしかにある種の性犯罪の一部ではあるけれど,全体像を描いてはいない。「性犯罪は増えているのか」「性犯罪の起こる場所は?」「どんな人が被害に遭うのか」「性犯罪は再犯率が高いのか」等々,強姦神話への疑義から敷衍される疑問は多い。
 むろん,犯罪の全体像を描くのは至難の業である。犯罪が発生しても警察に届けられなければ事件は顕在化しない。取り分け,性犯罪の場合はこうした暗数の問題は深刻である。しかし,それでもなお,平成18年版犯罪白書は,制約のある情報からとはいえ,性犯罪の実態に迫ろうとした。
 以下では,犯罪白書特集の中から,性犯罪に関する内容を中心に紹介する。本稿中,白書の記載内容を超える部分については,いうまでもなく筆者個人の見解である。

2 性犯罪の概況

 1図は,強姦の認知件数・検挙件数・検挙人員の推移である。認知件数は,昭和39年に戦後最多を記録した後,長期減少傾向ないし横ばいにあったところ,平成9年以降増加傾向に転じ,15年には昭和57年以降最多となり,その後,減少した。

1図 強姦の認知件数・検挙件数・検挙人員の推移(昭和21年〜平成17年)

 2図は,強制わいせつの認知件数・検挙件数・検挙人員の推移である。認知件数は,平成11年以降急増し,15年には戦後最多となった後,やや減少したが,なお高水準にある。

2図 強制わいせつの認知件数・検挙件数・検挙人員の推移(昭和41年〜平成17年)

 これらの検挙率は,平成11年以降低下が目立ち,14年には戦後最低を記録した。翌15年以降は上昇傾向に転じたが,なお低い水準にある。
 なお,性犯罪の範囲をより広くとらえ,主たる動機・原因が性的欲求である犯行と見ると,平成17年では,略取誘拐の59.5%,逮捕監禁の11.3%が,性的欲求を主たる動機・原因として惹起されていた。 

3 性犯罪の発生場所

 3図は,強姦と強制わいせつの発生場所別認知件数の推移である。強姦では,屋外で発生するより,住宅内で発生する比率が高く,強制わいせつでは,逆に,住宅内で発生するより,屋外で発生する比率が高い。

3図 強姦・強制わいせつの発生場所別認知件数の推移(平成8年〜17年)


4 被害者
 4図は,強姦と強制わいせつの被害者の年齢層別構成比である。被害者の年齢層は広範囲に分布しているが,いずれも,未成年者を被害者とするものの占める比率が高い。

4図 強姦・強制わいせつの被害者の年齢層別構成比(平成17年)

 5図は,強姦と強制わいせつの検挙件数の,被害者と被疑者との関係である。こうした性犯罪が,見知らぬ犯罪者によってのみ惹起されているのではないことが分かる。特に強姦においては,「面識あり」「親族等」が平成17年では37.8%にも及んでいる。
 性犯罪においては,被害に伴って傷害を負う人も少なくない。平成17年では,強姦では全治1か月以上の傷害を負った重傷者が17人,軽傷者が436人,強制わいせつでは重傷者が17人,軽傷者が531人いたことが分かった。

5図 強姦・強制わいせつの検挙件数の被害者と被疑者の関係別構成比の推移(平成8年〜17年)


5 性犯罪者の実態と再犯状況

 犯罪白書では,性犯罪者に関する特別調査によって,その実態と再犯状況を明らかにしようと試みている。
 
実態

性犯罪で刑務所に在所中の1,568人の類型化によって,性犯罪者の主要な五つのタイプを見いだした。
  1. 単独強姦タイプ
    被害者に13歳未満の者を含まず,罪名に強姦を含む単独犯行の者である。
  2. 集団強姦タイプ
    被害者に13歳未満の者を含まず,罪名に強姦を含み,共犯による犯行がある者である。
  3. わいせつタイプ
    被害者に13歳未満の者を含まず,罪名が強制わいせつのみである単独犯行の者である。
  4. 小児わいせつタイプ
    被害者に13歳未満の者を含み,罪名が強制わいせつのみである単独犯行の者である。
  5. 小児強姦タイプ
    被害者に13歳未満の者を含み,罪名に強姦を含む単独犯行の者である。
 この調査により,性犯罪者としてひと括りにするのは適切でなく,タイプごとにさまざまな特徴があることが分かった。例えば,小児わいせつタイプは,性犯罪前科のある者や知能の低い者の比率が高く,集団強姦タイプは,犯行時年齢30歳未満の者や初回入所者の比率が高いなどの特徴が見られた。

再犯状況

 平成11年中に出所した性犯罪受刑者672人及び12年中に執行猶予判決を受けた性犯罪者741人の,16年12月31日までの再犯状況について調査したところ,出所受刑者の再犯率は39.9%,性犯罪再犯率は11.3%,執行猶予者の再犯率は13.5%,性犯罪再犯率は3.8%であった。
 さらに,類型ごとの再犯状況の特徴を見ると,6図のとおりである。タイプごとに性犯罪再犯率は異なり,サンプルサイズは小さいものの小児わいせつタイプが最も高い。

6図 類型別性犯罪・その他の犯罪の再犯率


6 おわりに
 平成17年において,強姦の認知件数は2,076件(一般刑法犯検挙人員の0.1%),一方,強制わいせつは8,751件(同0.4%)であり,比率的にはこれをわずかと見る向きもあるだろう。しかし,問題は,数の多寡ではないのである。
 強姦や強制わいせつが被害者の死傷を伴う重大な結果をもたらすことが少なくないことや,未成年者を被害者とする比率が高いことなど,その被害の深刻さは顕著である。
 こうした重大な犯罪に対して,犯人の早急な検挙と厳正な処罰はもとより大切であるが,加えて,被害に遭った人が被害を届け出ないまま泣き寝入りしないような支援や対策の充実が求められている。
 そして,忘れてはならないのが,加害者はまた社会に戻ってくるということである。彼らに対して効果的な処遇を実施し,再犯を防止するということが,次の被害者を出さないということにつながる。平成18年度から刑事施設と保護観察所で始まった性犯罪者処遇プログラムはまだ緒に就いたばかりであるが,この我が国で初めて導入された体系的・科学的なプログラムの再犯防止効果について,期待を持って見守りたい。

(法務総合研究所室長研究官)

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