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エビデンスに基づく刑事政策のために−令和7年版犯罪白書ルーティーン部分を読んで−
島田 貴仁
1 はじめに
 犯罪白書は、昭和35年の創刊以来、60年以上にわたり我が国の犯罪動向と刑事政策の現状を記録し続けてきた。毎年刊行される白書は、「特集部分」と「ルーティーン部分」から構成されている。特集部分がその年のテーマに応じて時宜を得た分析を提供する一方で、ルーティーン部分は、第1編から第6編にかけて犯罪の動向、犯罪者の処遇、少年非行、各種犯罪の動向、再犯防止、犯罪被害者の状況といった定型的な項目について、継続的にデータを蓄積している。
 刑事司法や犯罪問題に関して、政府からは警察白書、犯罪被害者白書など多くの白書が刊行されている。その中で、犯罪白書には三つの特長があると筆者は考えている。第一の特長は、刑事司法を入口から出口まで捉える網羅性である。警察白書はテーマこそ幅広いが刑事司法の入り口に留まり、犯罪被害者白書など他の白書は特定のテーマに特化しているのに対し、犯罪白書は検挙、起訴、裁判、矯正、更生保護、被害者支援という刑事司法の全過程を一貫して網羅的に俯瞰することができる。
 第二の特長は、社会と刑事司法のつながりを可視化している点にある。犯罪は経済状況、家族関係、教育や福祉のあり方など、社会の構造的要因と密接に結びついて生じる。犯罪白書は刑事司法制度が社会の要請にどのように応答しているかを示している。これは政策評価とエビデンス生成の基盤となる。
 第三の特長は、「広がり」と「深まり」の双方を捉える点にある。「広がり」とは、どの範囲の人々が被害を受けるかという量的側面である。特殊詐欺被害の高齢者層への集中、性犯罪被害の若年女性への偏在などが統計的に示され、リスクが可視化される。一方、「深まり」は、加害や被害が個人の中でどのように反復し、長期的影響を及ぼすかを意味する。これらの実態を示すのが「深まり」の視点である。
 これら三つの柱を支えているのが、ルーティーン部分の縦断性である。同一の指標を継続的に観測することで、犯罪現象の構造的変化や政策介入の効果を科学的に評価することが可能になる。
 筆者は、警察庁の付属機関である科学警察研究所に28年間勤務し、一貫して犯罪予防研究に従事してきた。そこは、研究と実務が混ざり合う「汽水」であり、警察庁のみならず都道府県警察本部や知事部局・自治体の実務家と協働する貴重な経験を得た。刑事司法の「最上流」に位置する警察の現場を知る研究者として、犯罪統計とデータ分析を専門とし、犯罪被害調査の国際比較や、環境犯罪学の視点からの犯罪予防研究に携わってきた。
 その立場から令和7年版のルーティーン部分を読むと、刑事司法の各段階における詳細な統計が継続的に収集されており、これは諸外国と比較しても極めて高い水準にあると思われる。しかしながら、そのデータが刑事司法の関係者に十分に活用されていないという課題もあると思われる。白書には多くの統計表とグラフが掲載されているが、その多くは記述統計(件数、率、推移)にとどまっている。これらの現象が「なぜそうなったのか」「どのような効果があったのか」という因果関係の解明には必ずしも至っていない。
 近年、欧米諸国では「エビデンスに基づく刑事政策・犯罪予防」の潮流が強まっている。我が国においても、刑事政策・処遇のエビデンス確立が求められている。本稿の各論では、このような問題意識に基づき、第1編から第6編まで、白書が示すデータの背後にある社会的文脈を読み解き、筆者の研究領域である犯罪トレンドの分析、犯罪予防、政策の効果検証といった視点から、エビデンスに基づく刑事政策・処遇に向けた注目点を抽出してコメントしたい。

2 犯罪白書の各編を読んで
(1) 第1編 刑法犯──コロナ後の社会変動と犯罪動態
 第1編「刑法犯」は、刑法犯全体の動向を認知件数・検挙件数・検挙率・検挙人員など主要指標で長期比較し、令和5年刑法改正および性的姿態撮影等処罰法施行を踏まえた性犯罪統計の急増、コロナ禍後の認知件数増加、特殊詐欺・サイバー犯罪の広がりを扱う。社会構造の変化と犯罪動態の相互関係を読む素材を提供している。
 第1編で注目すべきは、刑法犯認知件数が増加傾向に転じた点である。令和4年以降、連続増加となった。令和2〜3年の急減から社会活動の正常化に伴う「回復局面」への移行が転換点である。筆者らは、コロナ禍を「史上最大の自然実験」──政策や社会変動を実験に見立てて因果関係を推定する手法──として位置づけ、緊急事態宣言の都道府県別発令時期の差異を利用した準実験的分析で、人流減少が窃盗犯・粗暴犯を統計的有意に減少させたことを実証した1,2。この結果からは、コロナ終息後の犯罪増加は、人流の回復によるものと考えることができるが、この1〜2年は人流の回復を超える犯罪が発生している可能性がある。有力な犯罪学理論である緊張理論は、経済格差の拡大や将来不安が犯罪を招くと考える。近年の物価高が、人々の緊張を高めて犯罪増加につながる可能性があり注視を要する。
 第2の注目点は、性犯罪の認知件数の増加である。令和5年刑法改正と性的姿態撮影等処罰法新設により、性犯罪は統計上大きく増加した。これは実数急増よりはむしろ、被害の社会的認知進展による顕在化の側面が大きい。制度改正による顕在化は、暗数問題への社会的応答として評価できるが、性犯罪は被害申告率が低く、公式統計は氷山の一角にすぎないといってよい。被害実態を正確に把握するには、犯罪被害調査など公式統計を補完する調査手法が不可欠である。統計の読み解きには「計測器の特性」を踏まえた慎重さが求められる。

(2) 第2編 犯罪者の処遇──拘禁刑改革とエビデンス確立の好機
 第2編「犯罪者の処遇」で注目すべきは、拘禁刑導入という歴史的な制度改革である。令和7年施行の拘禁刑は、懲役・禁錮の統合により、作業義務の有無による区分を廃し、受刑者の改善更生に必要な教育・指導を柔軟に実施する枠組みが導入された。
 拘禁刑改革は、処遇のエビデンス確立の絶好の機会である。制度施行前後のデータを体系的に収集・分析することで、制度変更が再犯率、社会復帰、受刑者の改善更生にどのような効果をもたらすかを検証できる。これは政策の変化や社会変動を実験に見立てて因果関係を推定する「自然実験」の好例である。
 本編ではまた、更生保護における地域包摂型支援の拡充など、「刑罰から処遇へ」「応報から社会復帰支援へ」という転換が明確になったと思われる。しかし、これらの個別の処遇施策が実際にどの程度の効果を持つのかのエビデンスは十分に確立されていない。特に、CFP(ケース・フォーミュレーション)など個別処遇プログラムの効果検証は喫緊の課題である。処遇内容と再犯率の関係を明らかにし、何が効いて何が効いていないのかを示すことが、エビデンスに基づく刑事政策の第一歩となる。

(3) 第3編 少年非行・処遇──コホート分析と地域要因
 第3編「少年非行・処遇」は、少年刑法犯の動向、非行少年の処遇、少年刑事手続を扱う。少年刑法犯検挙人員も令和4年から3年連続増加し、令和6年は3万7,941人となった。本編で注目すべきは、コホート(世代)別非行率(出生年別の検挙率推移)を提示している点である(図3-1-1-3)。コホート分析とは、同じ時期に生まれた集団を追跡し、年齢とともに非行率がどう変化するかを世代間で比較する手法である。この手法により、非行の原因を、個人の加齢・発達による変化(年齢効果)、ある時代に共通する社会的・経済的要因による変化(時代効果)、ある特定の世代特有の効果(時代効果)に切り分けることができる。同分析では、世代が新しいほど非行率は顕著に低下しており、直近増加は長期減少トレンドの上での短期的変動として位置づけられる。
 非行防止における地域要因の分析も重要である。諸外国では、集合的効力感──住民の相互信頼と、子どもの逸脱行動に対して注意や介入を行う意思と能力──は犯罪や非行を抑制することが知られており、日本でも首都圏でのアンケート調査と犯罪統計の分析から立証されている3。処遇プログラムの効果検証に加え、地域を基盤とした非行防止施策について、地域要因と個人要因の相互作用を明らかにし、エビデンスを構築することも求められる。

(4) 第4編 各種犯罪の動向と各種犯罪者の処遇──特殊詐欺・ストーカー
 第4編「各種犯罪の動向と各種犯罪者の処遇」は、交通犯罪、薬物犯罪、組織的犯罪、財政経済犯罪、サイバー犯罪、児童虐待・配偶者暴力・ストーカー等に係る犯罪など11章構成となっている。本編では、現在、大問題になっているインターネットの犯罪利用(コラム3)と社会的関心の高いストーカー事案に注目したい。
 令和6年の特殊詐欺の発生は18,686件(+9.4%)であったが、類型別にみるとオレオレ詐欺が6,672件(+70.7%)の急増が目立つ(第1編)。その原因は、犯人が、警察官を騙ってショートメッセージ等で一般国民に接触し、ビデオ通話で事件の被疑者になっていると驚かせて、潔白を証明する手段として被害者の預金を振り込ませる「警察官騙り」である。警察官騙りは、国民の警察に対する信頼や、ポストコロナのライフスタイルの変化(オンラインの普及)を悪用した極めて悪質な手口である。また、SNS型の投資詐欺やロマンス詐欺は長期間をかけて信頼関係が構築される、スマートフォンのSNS やマッチングアプリなど多様な接触手段が使われる、反復的な送金により被害が拡大しやすい、現役世代が被害にあっているといった点で、これまでの高齢者・固定電話対象の特殊詐欺とは異なる特徴がある4
 これらの特殊詐欺の被害を防ぐには、スマートフォンへのセキュリティソフトの導入や国際電話の利用休止などを国民に普及させる必要がある。それには、行動経済学の知見が有効である。というのは、特殊詐欺被害には楽観バイアス、損失回避傾向、権威への服従といった心理的メカニズムが関与しており、社会実験の手法により、効果的な普及方策の開発と社会実装が求められる5
 ストーカー事案も相談等件数は高止まりである。警察段階では、被害者に対する防犯機器の貸与や110番通報の受付システム、加害者に対する指導警告、文書警告、検挙など多様な措置が行われているが、近年、加害者に対する臨床介入が模索されている。法務省の矯正施設での知見を警察での初期対応に活かすことで、より効果的な介入が可能となるだろう。
 また、失敗例に学ぶ姿勢も重要である。保護観察対象者が被害者を殺害した逗子ストーカー事件では、発生後に警察と保護観察所が改めて連携して未然防止を図って実績を挙げた。ともすれば、刑事司法の実務家は、自らの担当部門のことはよく知っているが、その上流・下流で何が行われているかまでは十分に気が回らないことが多い。犯罪白書は、これら刑事司法の専門家に対する教科書にもなりうる。

(5) 第5編 再犯の防止──刑務所におけるエビデンス産出の好例
 第5編「再犯の防止」は、再犯防止推進法施行以降の施策展開、刑事司法各段階での取組、地方公共団体・民間協力者との連携を扱う。近年、再犯者率(割合)の割合は高く、再犯予防の重要性は論を待たない。ここで注目すべきは、法務省矯正局が総務省行政評価局と共同で実施した「刑務所における受刑者の就労支援希望の申し出促進策」である6。本取組は、刑務所の工場を無作為に介入群と対照群に振り分け、介入群の工場では就労支援制度を説明するチラシを配布し、介入群と対照群の双方の受刑者に対してアンケート調査を行い、就労に関する知識や意欲を比較した。結果として、チラシは就労支援の知識向上に一定の効果があることが確認されたが、支援を受ける意欲を向上させるかどうかは明確には確認されなかった。しかし、本取組は社会的に大きな意義が認められ、環境省・行動経済学会の「ベストナッジ賞」を受賞した。「効果が確認されなかった」という知見も今後の改善の重要な示唆となるのである。処遇は施設内・社会内のいずれにもかかわらず、@受刑者の属性情報等のデータが既に取得されている、A取組の対象者・非対象者を明確に定義しやすい、という効果検証上の有利な点がある。今後、実験による処遇のエビデンス産出が求められる。
 もう一つの注目点は、各地方公共団体による再犯防止推進条例の制定状況の差異を利用した自然実験の可能性である。平成29年の再犯防止推進計画により、地方公共団体における条例制定も進展している。この制定時期や施策内容の地域差を活用すれば、ある政策を導入した地域と導入していない地域の犯罪発生の差を比較する手法により、再犯防止施策の効果を検証することができる。

(6) 第6編 犯罪被害者──木を見て森も見る
 第6編「犯罪被害者」は、犯罪被害の動向、被害者支援施策、犯罪被害給付制度等を扱う。令和6年の犯罪被害者等支援条例制定自治体数は910自治体に達し、被害者支援の社会的基盤は拡充されつつある。
 本編で重要なのは、被害に注目してデータを読み解くことの意義である。被害者支援では個別の被害者に焦点が当たりがちだが、被害者を集団として捉えることで、リスク要因を分析し、被害防止のための施策を講じることができる7。被害者個人に対する支援と脆弱なリスク集団に対しての被害防止という両方の視座が必要である。
 財産犯罪被害では、詐欺被害額の急増が顕著である(図表1)。近年の詐欺被害額は窃盗被害額を上回る逆転現象が生じている。このように表をグラフにすると、表の数字からは読み取りづらい傾向を視覚化することができる。先述の通り、警察官騙りのオレオレ詐欺や、SNS 型投資・ロマンス詐欺詐欺など、手口の多様化と巧妙化が背景にある。
 被害者・加害者との面識関係の図は、一般国民の犯罪イメージとの乖離を示すといえる。殺人・暴行・傷害などの暴力犯罪や、不同意性交・不同意わいせつでは、親族間・面識あり間の犯罪が多数を占める。面識・非面識間で検挙率に差異がある可能性はあるものの、「犯罪者は見知らぬ他人」という一般国民のイメージは実態と異なる。むしろ、日常的な人表間関係の中に盗罪リスクが潜在していのることを改めて確認したい。

図表1.窃盗と詐欺の被害件数


 今後の課題は、被害実態調査の継続的実施と、被害データを活用した予防施策の立案である。被害の暗数を正確に測定することは、犯罪の実態把握とエビデンスに基づく政策立案の基礎となる。被害者支援と被害予防の両輪で、エビデンスに基づく施策展開が求められる。

3 エビデンスに基づく刑事司法のための3つの提言
 以上、令和7年版犯罪白書のルーティーン部分を、第1編から第6編まで順に検討してきた。犯罪白書の最大の価値は、刑事司法の全過程を網羅的かつ縦断的に記録し続けることにある。データの長期蓄積があってこそ、時代による変化を可視化し、政策効果を検証できる。しかし現状では、白書が提供するデータの豊かさに対して関係の研究者による分析の事例が不足していることは否めない。このため、今後のエビデンスに基づく刑事司法のために、以下の3点を提言したい。

(1) 犯罪白書の「記録」から「分析」「評価」への進化
 犯罪白書では、刑事司法の各段階での統計数字と施策が網羅的に記載されており、その年次における犯罪とそれに対する応答を記録しているという意義は大きい。しかし、統計数字の変化を追うだけでは、犯罪の背景にある社会要因や施策の有効性は分からない。
 近年、刑事司法でも「エビデンス(証拠)」の重要性は幅広く理解されつつあるが、犯罪白書が示す統計数字や施策は、ファクト(事実)ではあるものの、実はエビデンスではない。というのは、エビデンスとは「人流の減少(原因)が犯罪を減少させた(結果)」、「就労支援のチラシの配布(原因)は、対象者の知識を増加させた(結果)」といった、原因と結果との対応関係(因果関係)を示す知識なのである(図表2)。
 犯罪白書が示す犯罪非行の統計数値は社会変動の結果であり、その原因が分かって初めてエビデンスとなる。同じく犯罪白書が示す各種の施策も、その施策が再犯・再非行に与える影響が明らかになってはじめてエビデンスといえる。このため、日本の犯罪・非行を減らし、刑事司法を改善してゆくためには、社会変動がどう犯罪・非行に影響し、そして、各種の施策が再犯・再非行に影響するか、その因果関係を明らかにする必要がある。

図表2.刑事司法におけるエビデンスの例


 日本でも、犯罪非行の統計分析や、処遇プログラムの効果検証など、エビデンスを産出する取組が行われている。多くの人の目に触れる白書であるこそ、この種のエビデンスを取り上げることを期待したい。
 犯罪白書が分析・評価の場となることで、刑事政策の透明性が高まり、国民の信頼が強化される。エビデンスに基づく刑事政策は、データを通じて社会的信頼を再構築する営みである。犯罪白書は、その中核を担うべき存在である。

(2) エビデンスを産出するための仕組みづくり──データ・協働・人材育成
 エビデンスを産出するための分析や効果検証を実施し、その結果を実務に取り入れるためには、データと人材の双方が必要である。第一にデータである。犯罪白書のデータは、定型的な集計表として公表されるが、研究者や実務家が独自の分析を行うには、より柔軟なデータ提供の仕組みが必要である。警察が行っている犯罪オープンデータは、町丁目単位での犯罪発生情報の個票を公開し、地域レベルでの分析を可能にした8。法務省においても、データの学術利用促進、研究目的に応じた特別集計(オーダーメイド集計)の提供体制を整備することは、実務を改善するために有用だと思われる。
 オープンデータやオーダーメイド集計などデータの二次利用を促進することで、多様な研究者・実務家が参入して多角的な分析が進み、結果として、政策形成に資するエビデンスの産出が加速される。その際、プライバシー保護はもちろん必要であるが、医療分野では、医療費の削減という課題解決のために、データの匿名化処理と利用審査体制を整備してレセプトや救急医療のデータの研究利用が可能になっている。刑事司法分野でも同種の体制整備によって、実務の改善は可能である。
 オープンデータの拡充は、国際比較を容易にさせるというメリットもある。犯罪を国際比較することにより、日本の犯罪を俯瞰することが可能になる。海外は犯罪・刑事司法の研究が進んでいるため、日本のデータを国際的に比較可能な形(かつ言語も英語で)で公開することで、諸外国の知見を取り入れることができる。
 次いで、実務家の教育も不可欠である。現状、エビデンスを産出するのは研究者であるが、エビデンスを使うのは実務家であるため、実務の改善には実務家がエビデンスを読み解くリテラシーを持つことが必要である。また、「かゆいところに手が届く」エビデンスを産出するためには、実務家が主導してエビデンスを創出することが望ましい。そのため、実務家向けの研修プログラムが充実し、エビデンスに基づく政策立案の文化が刑事司法分野でも醸成されることを期待したい。
 その際は、研究者と実務家の協働枠組みも有効である。実務家は現場の知見と課題を持ち、研究者は評価手法の専門性を持つ。警察の生活安全部門では複数の府県で警察本部と地元研究者との共同研究枠組みが設けられている9。現在、日本各地の大学で司法・犯罪心理学コースが設けられ、当該分野の教員が配置されるようになった。このため、各地の刑事施設が、地元大学の研究者と協働することをお勧めしたい。

(3) 刑事政策・処遇のエビデンスサイトの構築──犯罪白書の先に
 日本では、現在、各種の白書が年に1回公開され、統計データも総務省e-statで公開されるようになった。しかしながら、個別の施策や処遇プログラムの成否に関するエビデンスは、研究論文に留まり、刑事司法の実務家にとって利用しづらいことは否めない。
 この問題に対して、米国や英国では、施策や処遇プログラムの効果検証結果を、「有効」「有望」「効果なし」「エビデンス不十分」に格付けし、実務家に分かりやすく伝えるウェブサイトが中央政府によって構築されている10。米国ではCrimeSolutions.gov、英国ではCrime Reduction Toolkit(図表3)などが運用されている。
 このような個別の刑事政策や処遇プログラムに関するエビデンスを実務家向けに提供するデータベースサイトは、犯罪白書を補完する役割を果たす。白書は刑事司法全体の総括的記録として機能し、エビデンスサイトは個別施策の詳細な評価結果とエビデンスを提供する。白書で施策の概要を示し、エビデンスサイトで詳細なデータ、研究論文リスト、実施マニュアルを提供するという二層構造により、利用者のニーズに応じた情報提供が可能になる。

図表3.英国のエビデンスサイト


 このような実務に寄り添ったプラットフォームを作ることで、刑事政策や処遇のエビデンスが体系化され、実務家がエビデンスに基づいた施策や処遇を行うことが可能になる。また、研究者にとっては、研究の社会的インパクトを可視化し、実務への貢献を明確にする機会となる。英米では、既存の学問分野を横断した犯罪科学や刑事司法学が確立して、エビデンスの産出・普及を支えているのに対し、日本での教育研究は、法学部(法制度や政策の吟味)、心理学(加害者・被害者に対する臨床介入)など個別の学問分野にとどまっていたため、エビデンスの産出・利用はともに低調だったように思われる。今後、日本でも、犯罪非行・ 刑事司法に関係する幅広い学問分野を連合した「大きな傘」を作り、実証的なデータ分析や効果検証を行ってその結果を実務に還元させる仕組みを整備することで、刑事政策の立案や処遇でのエビデンスの利活用が活性化し、人々や社会を犯罪から遠ざける安全な社会の実現につながると筆者は考えている。

4 おわりに
 犯罪白書は、刑事司法プロセスを時代背景が変化しても変わらずに記録しつづけている。その価値は、統計数字の集積にとどまらず、社会の変化と刑事司法の応答を検証するインフラとしての機能にある。本稿では、犯罪白書のルーティン部分を読み解きながら、刑事司法の各段階における分析や効果検証の有効性を概観してきた。また、エビデンスに基づく刑事政策・処遇のために、@犯罪白書における「分析」「評価」機能の充実、Aデータ・人材育成・研究者と実務家の協働などエビデンスを産出するための仕組みづくり、B刑事政策・処遇のエビデンスサイトの構築、の3点を提言した。
 エビデンスに基づく刑事政策の実現に向けて、犯罪白書が果たすべき役割はますます大きい。データの豊かさを分析の深さに転換し、政策の透明性を高めることで、国民の信頼を獲得し、より効果的な刑事政策を実現することができる。犯罪白書が、日本の刑事政策のエビデンス基盤として、さらなる進化を遂げることを期待したい。

(滋賀大学データサイエンス学部教授)


1 Shimada, T., Suzuki, A. & Amemiya, M. (2023) Measuring the impact of thestate of emergency on crime trends in Japan: a panel data analysis, Crime Science , 12, 13.
2 島田貴仁(2022)コロナ禍は犯罪に何をもたらしたか─統計データと実証分析から考える─,罪と罰,59(3),6-19.
3 島田貴仁(2010)住民の相互信頼は犯罪を抑制するか─集合的効力感からのアプローチ─ 青少年問題,14-19.
4 島田貴仁・齊藤知範・山根由子・佐光未帆 (2025) SNS 型投資・ロマンス詐欺の被害過程、環境心理学研究、13(1),56. https://doi.org/10.20703/jenvpsy.13.1_56
5 越智啓太・桐生正幸・原田知佳・島田貴仁(編)(2024)特殊詐欺の心理学 誠信書房
6 「ベストナッジ賞」コンテスト2023(一般部門)の結果についてhttps://www.env.go.jp/press/press_02578.html
7 島田貴仁 (2020) 被害と被害者をめぐる実証研究のあり方 被害者学研究,30,33-43.
8 島田貴仁・齊藤知範・山根由子(2019)オープンデータ時代の犯罪の地理的分析─小地域集計データの可能性─ 日本行動計量学会第47回大会抄録集,172-175.
9 島田貴仁(2025)犯罪の一次予防におけるエビデンスの創出と普及─研究者と実務家の協働による理論と実践の循環へ─ , 犯罪心理学研究,62(S) 73-85.https://doi.org/10.20754/jjcp.62.S_73
10 島田貴仁(2024)エビデンスに基づく政策形成(EBPM)のための実証基盤──英米における犯罪政策のエビデンスセンターと日本での課題・方向性 日本行動計量学会 第52回大会発表論文集