トップページ > 刑事政策関係刊行物:犯罪白書 > 犯罪被害の実態(犯罪被害の暗数と精神障害を有する者等の性犯罪被害)−令和7年版犯罪白書の特集から−
犯罪白書
犯罪被害の実態(犯罪被害の暗数と精神障害を有する者等の性犯罪被害)−令和7年版犯罪白書の特集から−
河原塚 泰
第1 はじめに法務総合研究所は、平成12年、16年、20年、24年及び31年に、犯罪被害の動向及び被害実態に関する調査・研究として、一般国民を対象としたアンケート調査により、警察等の公的機関に認知されていない犯罪の件数(暗数)の調査(以下「暗数調査」という。)を行った。これらの第1回ないし第5回の暗数調査については、それぞれ平成12年版、16年版、20年版、24年版及び令和元年版犯罪白書等において、分析結果等を紹介した。暗数調査は、犯罪動向に関する経年比較を行うため、一定の周期で継続的に行うことが重要である。そこで、第5回調査から5年が経過した令和6年、法務総合研究所では、@警察に届けられなかった犯罪の種類、件数等を推定すること、A犯罪被害者と被害の実態に関する詳細な情報を入手すること、B犯罪動向に関する経年比較データ(定点観測データ)を収集すること、C治安等に関する国民の意識を明らかにすること、D犯罪被害実態に関する情報を関係機関・市民等に提供することを目的として、第6回暗数調査を実施した。
また、性犯罪被害者のうち、精神障害を有する者については、自らが遭遇した犯罪等の被害を適切に申告できず、被害が潜在化しやすいという問題点が指摘されている。しかし、暗数調査では、その性質上、精神障害を有する者の性犯罪被害の実態を具体的に解明することが困難である。法務総合研究所は、暗数調査のほかに、昭和61年版犯罪白書特集「犯罪被害の原因と対策」、平成11年版犯罪白書特集「犯罪被害者と刑事司法」等において、犯罪被害や犯罪被害者等の実態等について調査・研究を実施してきたが、これらの調査・研究から相当の年月が経過している。そして、法務総合研究所では、これまで精神障害を有する者の性犯罪被害の実態に焦点を当てた研究はない。そこで、第4次犯罪被害者等基本計画に沿って、令和5年、性犯罪被害者のうち、精神障害を有する者に焦点を当てて、刑事事件の確定記録調査(以下「精神障害を有する者等の性犯罪被害調査」という。)を実施した。
令和7年版犯罪白書(以下「本白書」という。)第7編(特集部分)では、「犯罪被害の実態(犯罪被害の暗数と精神障害を有する者等の性犯罪被害)」と題し、第6回暗数調査及び精神障害を有する者等の性犯罪被害調査の各分析結果を報告し、犯罪被害者等に適切な支援を実施する前提となる犯罪被害の実態把握に資する基礎資料を提供することを目指した。
本稿では、それら報告の概要を紹介する(法令名・用語・略称については、特に断りのない限り本白書で用いられたものを使用する。)。なお、本稿中、本白書の記載を超えるものは、筆者の個人的見解である。
第2 暗数調査
1 調査の概要
第6回暗数調査は、令和6年1月19日から同年2月29日まで実施した。調査対象者は、全国から選んだ16歳以上の男女6,916人(男女各3,458人)であった。調査方法は、調査員が調査対象者宅を訪問し、個別に面接して聴き取り、回答を記入する従前の聴き取り方式に加えて、調査対象者が希望する場合は、インターネットを通じたオンラインの回答も選択可能とした。ただし、性的な被害、ストーカー行為、DV 等に関する調査票については、調査対象者のプライバシーに特に配慮する見地から、自計方式(調査対象者が自ら 回答を記入する方式)とし、調査員が回収する方法、郵送による方法、オンラインによる方法の中から、調査対象者が選択して提出するものとした。回収結果は、聴き取り方式による調査の有効回収数(率)が、4,179人(60.4%)、自計方式による調査の有効回収数(率)が、4,103人(59.3%)であった。
2 被害態様別被害率・被害申告率
過去5年間における被害態様別の被害率(各被害態様の有効回答者のうち、犯罪被害に遭った者の比率)を第1回調査から第6回調査までの調査回別に見たものが、図1である。なお、本図を見るに当たっては、「ストーカー行為」及び「DV」は、第5回調査から調査項目として設けられたものであり、第4回調査以前は、「暴行・脅迫」に含まれ得ること及び「各種詐欺等被害」では、第3回調査までは過去1年間の被害を、第4回調査以降は過去5年間の被害をいい、調査回ごとに定義が異なることに留意が必要である。
多くの被害態様では、第6回調査における過去5年間の被害率が全調査回の中で最も低くなっており、このうち、自動車損壊及び性的な被害では、第1回調査以降、調査の回を重ねるごとに過去5年間の被害率が低下している。特に性的な被害は、第6回調査における過去5年間の被害率が最も低く、0.5%であった。他方、強盗等、ストーカー行為及びDV では、第6回調査における過去5年間の被害率が前回調査からほぼ横ばい又はやや上昇している。各種詐欺等被害では、他の被害態様と傾向が異なり、第6回調査における過去5年間の被害率が最も高く、約9%であった。
図1 被害態様別 過去5年間の被害率(調査回別)
被害態様別の過去5年間における被害申告率(各犯罪被害に遭った者のうち、捜査機関に被害を届け出た者の比率)を第1回調査から第6回調査までの調査回別に見たものが、図2である。
多くの被害態様では、第6回調査における過去5年間の被害申告率が、第5回調査から上昇しており、このうち、性的な被害及びストーカー行為では10pt 以上、バイク盗では15pt 以上、それぞれ上昇している。もっとも、前回調査よりも被害申告率は上昇しているものの、各被害に遭った者のうち捜査機関に被害を届け出た者は、ストーカー行為では約3人に1人、性的な被害では約4人に1人、各種詐欺等被害では約5人に1人の割合にとどまっており、他の被害態様と比べると、被害が潜在化する危険性が高いといえる。他方、車上盗、自動車損壊及び暴行・脅迫では、第6回調査における過去5年間の被害申告率は、第5回調査から低下しており、特に暴行・脅迫ではほぼ半減している。
図2 被害態様別 過去5年間の被害申告率(調査回別)
3 被害不申告の理由
実際に発生した犯罪被害件数から認知件数を差し引いたものが犯 罪被害の暗数であり、この暗数の存在が犯罪被害の実態把握を困難 にしている。そのため、暗数調査では、暗数が発生する要因を探る ため、犯罪被害について調査対象者が捜査機関に被害申告をしな かった理由を調査しており、第5回調査及び第6回調査におけるそ の結果を被害態様別に見たものが、図3である。 第6回調査において過去5年間の被害申告率が3割以下にとど まった被害を中心に、第6回調査における被害不申告の理由を見る と、各種詐欺等被害のうち、クレジットカード情報詐欺では、「カー ド会社に知らせた」が約9割を占めて突出して高かったが、その他 の詐欺被害では、「それほど重大ではない」が4割強を占めていた。 「自動車損壊」では、「それほど重大ではない」が最も高く、5割強 を占めており、「ストーカー行為」及び「DV」では、「自分又は家 族による解決」が最も高く、5〜6割を占めていた。他方、「暴行・ 脅迫」及び「性的な被害」では、特定の被害不申告の理由が過半数 を占めることはなく、複数の理由に分散する傾向が見られた。この うち、「性的な被害」では、「それほど重大ではない」が4割であっ たが、そのほかに3割に達した理由はなく、「自分で解決した(加 害者を知っていた)」及び「仕返しのおそれからあえて届け出ない」 が3割弱、「捜査機関の関与不可又は不要」、「被害に遭ったことを 知られたくなかった」及び「どうしたらよいのか分からなかった」 が2割であった。なお、「加害者の処罰を望まなかった」は該当が なかった。
図3 被害態様別 被害不申告の理由


第3 精神障害を有する者等の性犯罪被害調査
1 調査の概要
精神障害を有する者等の性犯罪被害調査では、精神障害を有する者について、平成30年1月1日から令和4年12月31日までの間に、全国の地方裁判所本庁及び支部において、強制性交等、準強制性交等、監護者性交等、強制わいせつ、準強制わいせつ又は監護者わいせつのいずれかにより有罪判決の言渡しを受けた事件で、かつ、検察官において、犯罪の成立や情状に関して被害者が精神障害を有する者であると判断している事件のうち、令和5年6月の調査開始時点で有罪判決が確定していた事件の被害者176人(以下「精神障害あり群」という。)を対象とした。
精神障害を有しない者に対する性犯罪被害事件数は、精神障害を有する者に対する事件数よりも著しく多いことから、精神障害を有しない者については、令和4年1月1日から同年12月31日までの1年間に、高等裁判所の所在地である東京、大阪、名古屋、広島、福岡、仙台、札幌及び高松の8地方裁判所本庁において、強制性交等、監護者性交等、強制わいせつ又は監護者わいせつのいずれかにより有罪判決の言渡しを受けた事件で、かつ、検察官において、被害者が精神障害を有しない者であると判断している事件のうち、令和5年6月の調査開始時点で有罪判決が確定していた事件の被害者349人(以下「精神障害なし群」という。)を対象とした。 2 主な調査結果
(1) 精神障害あり群の特徴
精神障害あり群における「精神障害者」は、「統合失調症、精神作用物質による急性中毒又はその依存症、知的障害その他の精神疾患を有する者」をいうところ(精神保健福祉法5条)、精神障害の種類について見ると、7割以上が「知的障害」に該当し、2割程度が「発達障害」に該当した(重複計上による。)。 (2) 被害の場所・犯行時間帯
精神障害あり群については、6割以上が、被害当時、施設又は特別支援学校等へ通所・通学していたことから、日常的に、日中、家族や住居から離れる時間がある状況がうかがえたところ、被害の場所を見ると、学校、就労先、療養所、デイケア施設等の屋内が最も多かったほか、精神障害なし群と比べると、自動車や送迎バス等の公共交通機関以外の乗り物内が被害場所となる割合が高いなどの特徴が認められた。また、犯行時間帯を見ると、夕方や 昼過ぎの時間帯に被害が多く見られ、施設等から帰宅する時間帯との関連がうかがえた。
精神障害なし群では、被害の場所は屋外が最も多く、犯行時間帯は夜中の時間帯が特に多かった。 (3) 被害者から見た加害者の立場
被害者から見た加害者の立場について、調査対象被害者を群別に見ると、図4のとおりである。
精神障害あり群に対する事件の加害者では、「支援関係者」の構成比が最も高く、次いで、「面識なし」、「知人」の順であった。
精神障害なし群に対する事件の加害者では、「面識なし」の構成比が最も高く、次いで、「知人」、「教育関係者」の順であった。
精神障害あり群に対する事件の加害者は、精神障害なし群に対する事件の加害者よりも「支援関係者」の構成比が高く、「面識なし」の構成比が低かった。
図4 被害者から見た加害者の立場
(4) 被害当時の被害認識
被害者の被害認識について、「認識あり」、「認識不十分」及び「認識なし」の構成比を比較する。「認識あり」は、被害者において、加害者から犯罪行為の被害を受けたことを認識できている場合等をいい、「認識不十分」は、被害者において、加害者から何らかの違和感・不快感等を伴う行為をされたことは認識しているものの、それが犯罪行為の被害であることまで明確に認識できていない場合等をいい、「認識なし」は、被害者において、加害者から行われた行為自体を認識できていない場合や、その行為の意味内容をほとんど理解できていない場合等をいう。
精神障害あり群について、被害当時の被害認識を見ると、「認識あり」は4割弱にとどまっていた。そして、精神障害なし群と比べると、「認識不十分」又は「認識なし」が多かった。
さらに、年齢別に被害認識を見た場合、精神障害なし群では、15歳以上は全員「認識あり」であったが、精神障害あり群では、20歳未満のどの年齢でも、「認識なし」又は「認識不十分」が一定数いた。 (5) 犯行発覚までの期間
精神障害あり群について、犯行日から捜査機関への犯行発覚までの期間を見ると、被害当日又は翌日までの犯行発覚は4割弱にとどまっていた。そして、精神障害なし群と比べると、1か月以上の長期間を要する者が多い傾向が見られた上、犯行発覚まで1年を超える場合も1割以上あった。
精神障害なし群については、被害当日又は翌日までの犯行発覚が7割程度であった。
調査対象事件の中には、同一被害者に対して複数の犯行がなされた事例が相応にあること、精神障害あり群では、余罪(判決書では認定されていない同一被害者に対する複数の犯行)に関する供述がある者が5割を超えていたことなども併せて考えると、本件被害が発覚するまでの間に、当該加害者が同一被害者に対して複数の犯行を繰り返しているケースが多い可能性が示唆された。 (6) 最初に被害を伝えた相手
被害申告をした調査対象被害者について、最初に被害を伝えた相手を調査対象被害者の群別に見ると、図5のとおりである。
精神障害あり群について、最初に被害を伝えた相手は、ほとんどが捜査機関ではなく、親族や、学校・勤務先・支援関係者等の被害者の身近な者であることが多かった。前記(5)のとおり、犯行発覚まで長期間を要する傾向が見られたことなどを踏まえると、被害者から最初に被害を伝えられたこれらの相手方が、事実確認等のために内部的な聞き取りを実施するなどしている間に、捜査機関への犯行発覚が遅れる可能性が推察された。また、被害者による被害申告の有無を見ると、そもそも被害申告がない場合も多く、3割を超えていた。
精神障害なし群では、その9割以上が被害申告をしていたところ、最初に被害を伝えた相手は、精神障害あり群と比べると、捜査機関の割合が高かった。
図5 最初に被害を伝えた相手
第4 犯罪被害者等の個々の事情に一層配慮した更なる支援のために
1 精神障害を有する者を中心とした性犯罪被害の防止に向けて
以上の調査・分析結果を踏まえた精神障害を有する者の性犯罪被害の防止に向けた方策としては、「支援関係者」も加害者になり得る可能性を踏まえ、まずは、なるべく被害者を1人にしないこと、加害者になり得る立場の者と被害者を1対1の状況にしないことの重要性を再確認することができる。そして、このことを実現するためには、一案として、建物や室内等に構造上の工夫をすることで、できる限り死角を排すること、施設等の運営上や人員の配置上の工夫をすることなどの方策が考えられる。また、防犯カメラ、ドライブレコーダー等の被害者を見守るための物理的な手段を増やすことなども、被害防止にとって有効であろう。さらに、GPS やスマートフォン等の機能を有効活用することで、必要に応じて、被害者と常に連絡が取れる体制を構築し、被害者の行動状況等を記録できるようにするなどの手段・方策も考えられる。
また、被害者に携わる関係者の心構えとしては、被害者の身近にも性犯罪の加害者となり得る者が存在するリスクがあることを認識した上、日頃の被害者の行動やその周囲の状況等に危険がないように見逃さないことが肝要であろう。 2 被害の顕在化に向けて
暗数調査における調査・分析結果によれば、犯罪被害に遭った被害者が被害を申告しなかった理由は、被害が潜在化する危険性が比較的高い被害態様でも、その犯罪類型や被害の特徴等により様々であることが明らかとなった。 財産的被害が中心となる犯罪類型(各種詐欺等被害等)においては、その経済的な損害が甘受できる程度の被害の大きさにとどまるケース等で、「それほど重大ではない」として被害を申告しなかった可能性が推察される。このような特徴等からすれば、この種の犯罪類型においては、被害の規模の大小や損害回復の有無にかかわらず、犯罪の被害を受けた場合には、まず警察等の捜査機関に相談して被害を届け出るよう啓発していくことが有益と考えられる。
被害者と加害者との間に特異な関係性等が見られることが多い犯罪類型(ストーカー行為及びDV)においては、被害者側が捜査機関に頼ることなく問題の解決を図ろうとする傾向が表れている。しかし、この種の犯罪類型においては、加害者の被害者に対する執着心や支配意識が非常に強いものが多く、加害者が被害者に対して強い加害意思を有している場合には、検挙されることを顧みずに大胆な犯行に及ぶこともあるなど、事態が急展開して重大な犯罪被害に至るおそれも大きい。したがって、この種の犯罪類型においては、被害が軽微な段階であっても、被害者等が悩みを抱え込むことがないよう、警察や犯罪被害者等支援に関係する機関・団体等に相談するよう周知していくことが重要である。また、被害の相談・届出があれば、警察が、各種の被害者の保護措置、被害を防止するための援助等を行えることなどを、広く広報し、周知していくことが有益であろう。
性犯罪被害については、被害者の親族や支援関係者等が加害者となるケースが一定数存在しているとはいえ、被害者の異変等をいち早く察知して被害者を守ることができる者もまた、被害者の親族や被害者を支援等する立場の者を中心とした、被害者にとって身近な存在である。被害者の親族や被害者を支援する立場の者等、被害者にとって身近な存在が、被害者の言動から、普段と異なる被害者の異変や違和感等の兆候を早期に察知することが、被害を未然に食い止め、又は被害の反復を阻止して最小限の被害に抑え、被害を顕在化させることに直結しているといえる。また、被害の顕在化に向けては、今後、捜査機関と被害者の支援関係者等が、研修の実施等を通じて交流を深め、互いの立場への理解を醸成し、連携を一層強化するなどの必要がある。その上で、性犯罪被害等が生じていることが疑われる状況が生じた場合は、そのような状況を察知した被害者の親族や支援関係者等において、内部的な聞き取り等よりも、捜査機関への通報を優先し、捜査機関への犯行発覚までの期間を少しでも短縮することが重要である。
第5 まとめ
本稿では、本白書特集部分に記載された暗数調査及び精神障害を有する者等の性犯罪被害調査の概要を紹介した。本白書特集部分では、各種統計資料に基づいた犯罪被害の動向、検察、矯正及び更生保護の各段階において実施されている犯罪被害者等施策のうち注目すべき各種取組に関する具体的な数値や現場における工夫等も記載しており、前記両調査の詳細を含め、本白書を是非御一読されたい。
(法務省法務総合研究所研究部室長研究官)