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進む高齢化と高齢犯罪者への対応
―平成30年版犯罪白書特集から―
竹 下 賀 子
1 はじめに
 今年の「敬老の日」には,我が国の総人口に占める高齢者(65歳以上の者をいう。)人口の割合が過去最高を記録し,女性の高齢者人口が初めて2千万人を超えたというニュースが注目を集めた。高齢者人口と,総人口に占める高齢者の割合は,共に1950年以降一貫して増加・上昇しており,1950年には約4百万人,総人口の4.9%であった高齢者は,今や3千5百万人超,28.1%と推計されている。さらに,2040年には,高齢者人口は約3千9百万人に上り,総人口に占める割合は35.3%,3人に1人が高齢者になると見込まれている(総務省統計局の資料による。)。
 このように高齢化が進む我が国においては,当然のことながら,犯罪をめぐる状況も高齢化の影響を受けている。高齢者と犯罪といえば,まずは特殊詐欺等の被害者としての高齢者像が思い浮かぶが,他方,高齢犯罪者の存在も目立ってきており,平成29年における刑法犯検挙人員のうち,5人に1人は高齢者である。今後更に高齢化が進むことも踏まえると,高齢者による犯罪を防止することは,刑事政策上の重要課題の一つといえる。
 そこで,平成30年版犯罪白書(以下「白書」という。)では,「進む高齢化と犯罪」と題した特集を組み,我が国における高齢化の進展について触れ(白書第7編第2章),刑事手続の各段階における高齢者犯罪及び高齢犯罪者の動向を概観した上で(同第3章),特別調査等の結果から罪種ごとの高齢犯罪者の特徴を分析した(同第4章)。また,高齢犯罪者に対する国内外の処遇・支援の現状をまとめ(同第5章),これらの結果を踏まえて高齢者犯罪の防止等に向けた提言を行っている(同第6章)。
 本稿では,白書特集のうち,高齢犯罪者の動向について概観した上で,法務総合研究所が実施した特別調査の結果から明らかになった,窃盗事犯者,傷害・暴行事犯者,殺人事犯者の特徴について紹介したい。なお,本稿中,白書の記述内容を超えた意見にわたる箇所は筆者の個人的見解である。

2 高齢犯罪者は増えているのか
 図1(白書7-3-1-1図)は,年齢層別の刑法犯検挙人員及び高齢者率(総数に占める高齢者の比率)について,最近20年間の推移を見たものである。刑法犯検挙人員は,全体では平成16年をピークとして,最近10年間は大きく減少している。一方,高齢者は,平成10年から年々増加した後,平成20年以降も高止まりの状況にあり,中でも70歳以上の者が占める割合が高くなっている。こうした高齢者の検挙人員の増加・高止まりとその他の年齢層の大幅な減少を反映して,高齢者率は毎年上昇を続けており,平成10年には4.2%であった高齢者率は,平成29年には

図1 刑法犯検挙人員(年齢層別)・高齢者率の推移


 注 1 警察庁の統計及び警察庁交通局の資料による。
    2 犯行時の年齢による。
    3 平成14年から26年は,危険運転致死傷を含む。
    4 「高齢者率」は,刑法犯検挙人員に占める高齢者の比率をいう。


21.5%になっている。
 高齢者の検挙人員の増加・高止まりには,高齢者人口全体の増加の影響もあると考えられる。そこで,人口の増減の影響を排したデータとして,刑法犯検挙人員の年齢層別人口比(各年齢層10万人当たりの刑法犯検挙人員)の推移を見たものが,図2(白書7-3-1-3図)である。各年齢層とも,平成10年以降,平成18〜19年頃まで上昇していたが,その後は緩やかに低下している。こうした全体の動きとは異なり,70歳以上の者では上昇後の低下幅が小さく,最近10年間にわたって,人口比がほぼ横ばいである。

図2 刑法犯検挙人員の年齢層別人口比の推移


 注 1 警察庁の統計,警察庁交通局の資料及び総務省統計局の人口資料による。
    2 犯行時の年齢による。
    3 「人口比」は,各年齢層10万人当たりの刑法犯検挙人員をいう。
    4 平成14年から26年は,危険運転致死傷を含む。


 これら検挙人員の動向から考えると,最近10年間では,高齢者のうち犯罪に及ぶ者の割合が増加しているとはいえないものの,常に一定の割合の者が犯罪に及んでいるといえる。これは,社会全体で犯罪に及ぶ者の割合が低下している中で,高齢者に特徴的なものである。今後もこの傾向が続いた場合,社会の高齢化が進んでいくことも踏まえると,高齢犯罪者の数は増加し,高齢者率は上昇し続けることが見込まれる。

3 特別調査から見えた高齢犯罪者像
 図3(白書7-3-1-5図)は,平成29年の刑法犯検挙人員の罪名別構成比を見たものである。高齢者では,窃盗,中でも万引きの割合が高く,特に,70歳以上の者の約6割は万引きで検挙されている。次いで,傷害・暴行の割合が高く,65〜69歳の者では2割弱を占めている。また,傷害・暴行については,最近20年間において人口比が上昇傾向にある(白書7-3-1-7図)。

図3 刑法犯検挙人員の罪名別構成比


 注 1 警察庁の統計による。
    2 犯行時の年齢による。
    3 「横領」は,遺失物等横領も含む。
    4 ( )内は,実人員である。


 そこで,法務総合研究所では,高齢犯罪者の大半を占める窃盗事犯者と,窃盗事犯者に次いで多く,近年その増加が目立っている傷害・暴行事犯者,さらに,重大事犯である殺人事犯者に注目して特別調査を実施し,高齢犯罪者の特徴を明らかにした。以下,その結果を簡潔に紹介する。
(1)窃盗事犯者(白書第7編第4章第1節)
ア 犯行態様及び動機
 窃盗罪により平成23年6月中に全国の裁判所で有罪の裁判が確定した高齢者(犯行時の年齢が65歳以上の者をいう。以下同じ。)354人,非高齢者(犯行時の年齢が65歳未満の者をいう。以下同じ。)2,067人を対象として,刑事確定記録等の資料に基づき調査を実施した。
 調査対象となった高齢者のうち85.0%を万引き事犯者が占め,その割合は非高齢者(52.4%)と比べても相当高かった。
 そこで,高齢の万引き事犯者について詳しく見ると,その犯行態様は,窃取物品が食料品類である者が約7割,窃取物品の金額が3千円未満の者が約7割(中でも,千円未満が約4割)であり,被害店舗との関係では,平素から客として来店している者が約7割であった。すなわち,普段から買い物に利用する店で,少額の食料品を万引きするというのが高齢の万引き事犯者の典型例といえる。
 こうした犯行態様からは,高齢の万引き事犯者が経済的に窮乏し,頼るべき相手もいない中で,やむなく万引きに手を出したという状況が想像される。そこで,経済状況を見ると,高齢の万引き事犯者のうち,約9割には安定収入があり(非高齢者では約6割),年金を受給している者が約6割を占め,約半数の者には預貯金等の資産があり(非高齢者では約4割),負債のない者が9割弱(非高齢者では約7割)と,非高齢の万引き事犯者と比べても,逼迫した経済状況にあるとはいえない。また,万引き事犯者のうち高齢男性の約半数,高齢女性の約7割には同居人がおり,単身居住で近親者との交流もない者は,高齢男性で3割強,高齢女性では1割に満たない。万引きの動機・理由(主として捜査段階及び裁判時における本人の供述内容を基に判定している。)を見ても,「生活困窮」に該当する者は高齢男性の3割弱,高齢女性では1割台にとどまっており,予想に反して,生活に困窮し頼る者もなく万引きに及んでいる者は,高齢者の中でも一部(主に男性)に限られる。
 それではなぜ,高齢者は万引きに及ぶのだろうか。再び動機・理由を見ると,「節約」のため万引きをした者が,高齢男性の半数超,高齢女性では約8割を占める。先に示した経済状況を踏まえると,これらの者が,犯罪に及んでまで出費を抑えなくてはどうにも立ち行かないといった逼迫した状況に置かれているとは考えにくく,むしろ,高齢万引き事犯者の多くが,実際の経済状況とは乖離した経済的不安を抱いていることや,万引きが節約の手段の一つとなるほどに,万引きに対する抵抗感が乏しいことがうかがえる。
イ 前科状況,再犯状況
 ここで,高齢万引き事犯者の前科・前歴の状況を見ると,高齢男性では,懲役・禁錮の前科がある者が半数を超え,罰金以上の前科がある者が約8割を占める。高齢女性では,罰金以上の前科のある者は約6割だが,前科はないものの,複数回の窃盗前歴のある者が3割を超えていた。また,高齢男性の約7割,高齢女性の約9割に窃盗による微罪処分歴があり,高齢女性の3人に1人は,複数回の微罪処分を受けており,総じて,高齢万引き事犯者は複数回の処分を受けた末に本件に至っている。
 次に,高齢万引き事犯者の初回検挙時年齢について,総数,男性,女性の群ごとに,横軸の年齢までに初めて検挙された者の割合を示したものが,図4(白書7-4-1-11図)である。高齢男性では,20歳までに約2割の者が初回の検挙に至っているが,50歳以降になって初めて検挙された者も一定数を占める。一方,高齢女性では,高齢男性と比べて早期から検挙される者は少なく,60歳を過ぎて初めて検挙された者が半数を占める。また,高齢男性の4人に1人,高齢女性の約3割は,65歳を過ぎて初めて検挙されている。

図4 高齢万引き事犯者の初回検挙時の年齢


 注 1 法務総合研究所の調査による。
    2 「累積人員比率」は,各群の人員に占める,横軸の年齢までに初回の検挙に至った者の累積人員の比率をいう。
    3 初回検挙時の年齢が不詳の者を除く。


 高齢万引き事犯者の裁判内容を見ると,約半数は罰金刑であり,罰金前科がある者に限っても,男性の約6割,女性の約4割が,再度の罰金刑を科されていた。
 処分後の再犯状況を見ると,罰金刑を科された高齢万引き事犯者のうち,裁判確定後2年間で再犯に及んだ者の割合は,高齢男性では18.6%であったが,高齢女性では34.2%に上った。
 前科等の状況を総合すると,高齢万引き事犯者のうち,若年の頃から犯罪に手を染めている者は主に男性の一部に限られ,多くは,人生の大半を犯罪に及ぶことなく過ごしていたものの,50歳を過ぎ,中には高齢者になってから初めて検挙され,その後は短期間のうちに再犯を繰り返し,微罪処分,起訴猶予,罰金刑と段階的に処分を受けていると考えられる。前半で述べた万引きの動機に関する考察も踏まえると,これら高齢万引き事犯者には,刑事手続きの持つ感銘力が有効に機能していない可能性や,時に繰り返される段階的な処分がかえって,「今回もこの程度の処分で済んだ」といった誤った認識を生み,感銘力を弱めるとともに,万引きへの抵抗感を一層低下させることにつながっている可能性も考えられる。また,経済的な余裕や近親者の見守りなど,一見すると更生に資する環境がそろっていながら,万引きを繰り返す場合には,背景に複雑な問題が潜んでいる可能性もあると考えられる。
ウ 再犯防止のための方策
 高齢万引き事犯者の再犯防止に当たっては,矯正や保護の処遇の対象とならない者,つまり,微罪処分,起訴猶予処分,罰金処分の対象となる者をいかに再犯に至らせないかが鍵になる。今回行った特別調査の結果を踏まえると,例えば,高齢万引き事犯者のうち起訴猶予処分や罰金処分となる者について,いわゆる入口支援等の場面において,ワークブック等を用いて,万引きにより自身がこれまで失ったものに目を向けさせることで,万引きに対する抵抗感を取り戻させるとともに,刑事手続きの対象となったことの重大性を自覚させる,といった働き掛けも有効と考えられる。
 また,主に高齢男性のうち一定数存在する生活困窮者については,入口支援や受刑者に対する特別調整等により,福祉的支援につなげるといった取組を地道に続けることも重要であろう。一方,高齢女性に見られるような,経済的に余裕があり,更生に資する環境が整っているにもかかわらず,短期間で再犯を繰り返す者には,その背景に複雑な問題が潜んでいる者も含まれると考えられるため,そうした対象者を的確に把握し,保護観察所や少年鑑別所の専門知識や経験を活かした個別的な対応につなげるといった新たな取組の進展にも期待したい。
(2)傷害・暴行事犯者(白書第7編第4章第3節)
ア 犯行態様等
 傷害又は暴行を含む罪で平成28年中に東京地方検察庁又は東京区検察庁に受理され,有罪の判決又は略式命令がなされた高齢者97人,比較対照群として同じ条件の非高齢者から無作為に抽出した非高齢者99人を対象として,刑事確定記録等の資料に基づき調査を実施した。調査対象となった傷害・暴行事犯者の罪名は,高齢者では,暴行が68.0%,傷害が32.0%であり,非高齢者では,暴行が51.5%,傷害が56.6%,傷害致死が1.0%(重複計上による。)であった。
 高齢の傷害・暴行事犯者の犯行態様を詳しく見ると,犯行に計画性があった者は皆無であり,凶器を使用した者は約1割であった(非高齢者では,それぞれ,約1割,約2割であった。)。また,犯行の動機や背景を見ると,「かっとなって」が最も多く約8割の者が該当しており,次いで「恨み・不満」が多く約2割の者が該当していた。このことから,高齢の傷害・暴行事犯者には,その場の怒りに駆られて衝動的に暴力を振るっている者が多いといえる。また,被害者の年齢を見ると,被害者が高齢者又は児童(18歳未満)の場合が約2割(非高齢者では約1割)であり,弱い相手が対象となっている事案も目立つ。
イ 前科状況等
 ここで,傷害・暴行事犯者の前科状況に目を向けると,高齢者の半数強に前科があり,中でも傷害や暴行を含む前科(以下「同種前科」という。)のある者が3分の1を占めており,非高齢者(それぞれ約4割,4分の1)と比べても高い割合であった。
 図5(白書7-4-3-11図及び7-4-3-12図)は,高齢の傷害・暴行事犯者で同種前科のある者とない者について,犯行時の飲酒の有無及び暴力を正当化する態度の有無(取調べや公判段階の言動等から判定している。)を比較したものである。同種前科のある者では,犯行時に飲酒していた者が約6割,暴力を正当化する態度のある者が約2割おり,同種前科のない者と比べて,抱える問題性の大きさをうかがわせる。傷害・暴行事犯と飲酒の関係については,法務総合研究所研究部報告43号「飲酒(アルコール)の問題を有する犯罪者の処遇に関する総合的研究」において,犯行時に飲酒していた粗暴事犯者は飲酒行動に抑制が効きにくく,同種事犯を繰り返す傾向があることが指摘されており,高齢の傷害・暴行事犯者で同種前科のある者についても同様のことが当てはまるとすれば,生活状況を指導監督することが再犯防止につながると考えられる。

図5 高齢傷害・暴行事犯者の同種前科の有無別特徴


 注 1 法務総合研究所の調査による。
    2 ( )内は,実人員である。


 しかし,裁判内容を見ると,高齢の傷害・暴行事犯者の約8割は罰金刑で,同種前科ありの者に限って見ても,8割弱は罰金刑となっており,矯正や保護の処遇を受ける者は限られている。加えて,高齢の傷害・暴行事犯者で同種前科のある者のうち約4割は,単身居住かつ無職で家族・知人等との交流もなく,家族や職場の上司・同僚,知人等による監督も見込めない境遇にある。
ウ 再犯防止のための方策
 特別調査の結果を踏まえると,高齢の傷害・暴行事犯者の再犯防止に当たっては,特に,同種前科のある者について示唆された,暴力肯定的な価値観や飲酒と結び付いた暴力等の問題に適切に対応していくことが重要である。これに対しては,例えば,暴力防止プログラムに代表される保護観察所の専門的な処遇力やノウハウを活用し,起訴猶予処分や罰金処分の場合においても,本人の希望に応じて専門的な働き掛けや必要な情報提供を行うことや,全部執行猶予付判決が見込まれる場合に,検察官が保護観察処遇の必要性や有効性を考慮し,求刑において保護観察に付するよう求めることを含め,従来の枠にとらわれない積極的な取組が求められる。
(3)殺人事犯者(白書第7編第4章第2節)
ア 犯行態様・前科状況等
 殺人を含む罪で平成28年中に全国の裁判所で有罪判決の宣告を受けて調査時点で確定していた高齢者82人,非高齢者282人を対象として裁判書等の資料に基づき調査を実施した。
 図6(白書7-4-2-5図)は,殺人事犯者の本件被害者との関係を見たものである。高齢の殺人事犯者では親族が約7割を占めており,非高齢者と比べて顕著に高かった。高齢女性の殺人事犯者ではその割合は更に高く,14人中13人(子8人,配偶者5人)が親族を被害者としている。

図6 殺人事犯者の被害者との関係別構成比


 注 1 法務総合研究所の調査による。
    2 被害者が複数いる場合は,主たる被害者について計上している。
    3 犯行時の関係による。
    4 「配偶者」は「元配偶者」を,「交際相手」は「元交際相手」をそれぞれ含む。
    5 「親」は「義親」を,「子」は「連れ子」をそれぞれ含む。
    6 「面識なし」は,通行人等に対する無差別な通り魔事案等によるものを含む。
    7 ( )内は,実人員である。


 前科状況を見ると,自由刑前科があった者は高齢者・非高齢者共に1割前後にとどまった。また,裁判内容では,高齢の殺人事犯者では実刑となった者の割合は約7割であり,非高齢者(約9割)と比べて低かった。
イ 高齢の親族殺事犯者の特徴
 高齢の殺人事犯者の大半を占める親族殺事犯者について,被害者が配偶者であった者(配偶者殺事犯者)と被害者が子であった者(子殺事犯者)に分けて特徴を見ると,子殺事犯者の方が,配偶者殺事犯者と比べて女性の割合が高かった。また,子殺事犯者のうち約9割では被害者に心身の障害等が認められ(内訳は,精神の障害等が約8割,精神及び身体の障害等が約1割であった。),配偶者殺事犯者の場合(約半数)と比べて高かった。一方,配偶者殺事犯者の3分の1は,被害者が要介護・寝たきりであり,約3割は被害者が認知症であった。
 図7(白書7-4-2-15図)は,高齢の親族殺事犯者の犯行の動機・背景を,配偶者殺事犯者と子殺事犯者の別に見たものである。子殺事犯者では,犯行の動機・背景として,「問題の抱え込み」(裁判書の記載から,加害者に同情の余地がある,被害者にも非があると考えられる事案のうち,加害者が社会的に孤立し,一人で問題を背負い込んで犯行に至った場合をいう。)に該当する者が9割を超え,家庭内トラブルがあった者が8割強を占めたほか,将来悲観・自暴自棄や被害者からの暴力・暴言

図7 高齢親族殺事犯者の犯行の動機・背景


 注 1 法務総合研究所の調査による。
    2 「配偶者」は「元配偶者」を,「子」は「連れ子」を含む。
    3 各項目に該当した者(重複計上による。)の比率である。


への反撃として本件に至った者がそれぞれ半数を超えた。一方,配偶者殺事犯者では,将来を悲観し自暴自棄になっていた者が約7割を占め,問題の抱え込みに該当する者は約6割であった。
 これらの調査結果から,高齢の殺人事犯者像として,被害者である子に精神の障害等があり,家庭内トラブルが生じたものの周囲に相談できずに問題を抱え込み,将来を悲観し自暴自棄になったり,場合によっては被害者からの暴力・暴言への反撃として犯行に及んだという状況が浮かび上がってくる。一方,配偶者が被害者となった事案においても,被害者である配偶者に心身の障害等があり介護が必要となる中で,将来を悲観し自暴自棄になったり,問題を抱え込んだりして殺人に及んだ者が一定の割合を占めている。こうした事情を反映してか,裁判内容では,親族殺の場合,既遂の事案でも約3割が全部執行猶予付判決となっていることも特徴的である。
ウ 高齢の殺人事犯者をめぐる対応策
 特別調査の結果から,高齢の殺人事犯者については,それまで前科等のない者が主に家庭内の問題を相談できずに抱え込み,思い余って殺人に至るという経過が浮き彫りになった。これを踏まえると,殺人事犯については,事後的な処遇よりも,犯罪の未然予防として,家庭内で問題を抱え苦しむ者を犯罪に走らせないための取組が重要であるといえる。
 そのために刑事司法機関に出来ることとしては,平素から再犯防止等の取組において地方公共団体や地域の福祉機関・医療機関との連携を強化する中で,今回明らかになったような高齢者による殺人事犯の背景事情等に関する実情も共有し,関係機関が犯罪の未然予防という観点も取り入れて福祉的支援等を充実していくよう促すことが挙げられる。さらに,少年鑑別所における地域援助業務を一層拡充し,子が被害者となった事案に見られたような,子からの暴力・暴言に苦しむ親に対して,犯罪者処遇の専門家というだけでなく,発達の問題や精神障害にも専門的知見を有する立場から,早期に介入して事態の悪化を食い止め,悲劇を未然に防ぐことも期待される。

4 おわりに
 平成30年版犯罪白書の特集から,主として特別調査の結果について駆け足で紹介した。犯罪白書は,犯罪動向や犯罪者の実態把握に資する基礎資料の提供に主眼を置いており,あっと驚くような発見や,山積する課題を魔法のように解決できる斬新な策は見当たらないかもしれない。しかし,基礎的な数値を継続して把握し動向を見極めることや,各地で行われている地道な取組を共有すること,一定規模の調査により信頼性の高いデータを提供することには,意義があると考える。今回の特集が,実務家の方々が日々の実務の中で感じていることを実証的に裏付けるデータとなり,今後の高齢者処遇の充実に少しでも寄与することができれば幸いである。

(法務省法務総合研究所研究部室長研究官)
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